秋の美し山まで

出張プライベートヨガで久しぶりの美山かやぶきの里まで

昨秋は、お世話になる友人の家の柿の木に熊が登っていたとのことで
ヨガはしばらくお休みするようなそんな村の生活があるところ

お家から出る時、熊がいないか確認したり
鈴を持って歩く日常を想う

 

すこしひんやりこの季節になると、星野さんの本を手にとってしまうな、、

 

 

『アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう。四月のアラスカは、姿は見えなくとも、そろそろ雪の下からクマの気配を感じ始めるときである。

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ぼくはクマのそばに腰をおろし、ごわごわした体毛を撫でながら、その一本一本の毛の感触を確かめていた。手入れをしたような汚れのなさに、人間の想像とは裏腹の、野生に生きるもののかぐわしさを感じていた。
掌を口にあてると、かすかな息が暖かかった。人差し指をそっと口の中に入れてみた。指先がクマの体温に包まれていった。おなかに顔をうずめると、香ばしい匂いと肌のぬくもりが顔面に広がってくる。ぼくは深呼吸するように、遠い野生の匂いを記憶に残そうとした。

記憶の中に、ついさっき見た、じっとうずくまりながら春を待つ三歳グマの姿が焼きついていた。そこには、夏の原野を歩き回る姿より、もっと強い生命のたたずまいがあった。雪の道をたどりながら、叫びだしたくなるような幸福感に満たされていた。』

 

早春  星野道夫 『旅をする木』 より